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            この時の気温は11度。






by honmakaina360 | 2018-02-17 01:41 | ぶら・ブラ
※ 訂正 JR丸亀駅高架下にありました。高知資本の「エースワン」失礼いたしました。

5円、10円安いからとチラシで走らず

近所のお店を利用しましょう。

無くなってその大変さが分かります。

都会ならいざ知らず。

免許返納でポイントの店を提示されたとて

足が無くなれば、公共交通もない地域では

そこにも行けない

ことこと歩いていけるところのお店

時々は世話になりませんか

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人口10万の香川中堅都市丸亀の旧市街地

JR丸亀駅前に食品スーパーが無い。

普段の「食」が足せない街

武士は食わねど高楊枝

庶民はそうはいかんがな。

街がどんどん壊死していく。





by honmakaina360 | 2017-06-04 17:36 | 近所の話題

大洲 と 丸亀

都市、街として残るのはどちらだろう。

 40年ぶりに訪れた大洲の街中を覗いてみて

 大洲ではなかろうかと思えてならなかった。

 平成の市町村大合併前の 香川丸亀の人口は6万、愛媛大洲は4万。

 大都会に住む方々には変わらんどうでもええ数字かもしれませんが

 人口パイはひとつの活力指数のように思っていました。

 しかし駅からのお城に続く道を眺めておるとそうでない。

 丸亀の荒廃ぶりが目に付いてしまった


 
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                     大洲 新町


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                      こちら丸亀「富屋町」 丸亀湊 お城への道の文字がさびしい


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                  写真をみるだけでどちらがまだいけてるか一目瞭然。

                  どこが違ったおるのか、、、

                
                  店舗にまだ表札があるか無しか

                  丸亀の「富屋町」界隈に暮らす人がいない?

                  商売と暮らす場所が別。

                  儲けたお金で郊外に住居を構えそこから通う。

                  大洲の商店街は住商一体であったがゆえに?

                  それと、都会に出ていた方々がまた帰ってきて親と一緒に暮らしている?

                  そんな風に見えた。

 
                  少し前、大阪の中学の校長先生が「子供二人」と言われていましたが

                  これは当たっていると

                  大阪の凋落止めるにはこれは必須のように思える。


                  一人は東京に出て行っても一人は地元で。

                
                  ワタシのところも弟が「大阪」がええと言いながら地元に居ってくれるから

                  こうして呑気に大阪におれる。

                  抽象的で何が言いたいのかようわかりませんが


                  この差はなんなんやろ

                  真の学者の教えが今もバックボーンとなっておるんでしょうか

                  同じ城下町でもえらい違い。


                  このことをどこかで話をしますと

                  宇和島より大洲のほうが頑張っていると

                  その方が言うとった。


                          



 


by honmakaina360 | 2016-06-09 18:51
名刀なんやなぁ

 私は文字を字面で読まず雰囲気で読んでしまう

 これとて初め 「ニッコリ」 と読んでおりました。

 ポスター横にコミック漫画の主人公の兄ちゃんがおってそれで仕舞い。

 
 今日、コンビニに100円コーヒーを買いに立ち寄ったら、本棚の前をとおってと

 目にピックと入ったのはが、「名刀150」と題のついた新書。

 もしや載っとるかと手に取る、、、

 太刀、、、

 ページをめくって 脇差

 このいっとう最初に「ニッカリ・・・」

 なんと!


 ここらは本文

   「ニッカリ」いかにも曰くのありそうな名前である。その名の通りこの刀は不思議な物語を
   持っている。江戸の頃、滋賀の近江八幡山の領主だった中島氏は奇妙な噂を聞いた。
   夜になるとある場所に化け物が出ると言うのだ。これは領主として捨てては置けない。
   中島は愛刀を掴んで飛び出した。闇世の中で彼が見たのは子供を抱いた若い女。
   「ニッカリ」と笑いにじり寄ってくる姿を見て、これはあやかしだと悟り手にした刀で二人を
   一刀両断。翌朝、同じ場所に戻ってみれば、苔にまみれた古い灯篭が二つその場に
   転がっていた。ほかにも諸説あって灯篭がお地蔵さんであったり、しかし、その時に
   使われた刀が、「ニッカリ青江」

   そもそもこの刀は、南朝時代の刀工「青江貞次」の作。刃の地肌にはまるでナマズの
   ような黒く澄んだ斑が美しく浮かぶ。これは青江物に共通する特徴のひとつ
   「澄み肌、鯰肌」と呼ばれるものだ。刀長は初め二尺五寸(75.75cm)しかし磨きあげられ
   今の長さになった。その際に削られたのか、銘は「羽柴五郎左衛門尉長・・」で途切れて
   いる。この銘からわかるようにこの刀は豊臣家に深く関わりがある。賎ヶ岳の戦いに
   勝利した豊臣秀吉の家臣 丹羽長秀が柴田家より戦利品として奪ったのである。そして
   長秀の嫡男・長重から秀吉へ。このい刀は転々と流転を重ね京極家に落ち着き愛され
   庇護された。
   京極家を揶揄した狂歌のなかに
   「京極にすぎたるものが三つある。にかっり茶壷に多賀越中」とニッカリの名前が登場する
   
   京極家が収めた丸亀藩だが実はこの藩は京極家が入るまで「祟り藩」「祟り城」として
   有名であった。しかしこの妖刀に守られたおかげか京極家は祟りにも歴史にも翻弄されず
   無事に乱世を乗り切ったのである。

 
 漫画のキャラクターになりえる話です。

 しかし、丸亀藩は祟られていたのか、、、

 そうじゃわなぁ。15年で3回もお殿さん御家が変わったんやもん

 男子の節句を年に2回するのもこの辺のことが因にあるんやろか。

 しかし、脇差で60cmもあるんや。

 もっと短いのかと思っていた。




 

by honmakaina360 | 2015-11-14 10:39 | 近所の話題

【備忘録】 金比羅街道

by honmakaina360 | 2015-11-01 11:11 | 郷土史

幸せは人が運んでくれる

お袋の実家には昔、土塀はあったが
 
門はなかったらしい。今も、無い。

門が無かったから押し売りから、物もらい、車がすれ違う時の待避所にもなった

祭りの太鼓屋台の休憩所、家を尋ねる人、誰でも何でもはいってきた。

子供頃、学校から帰ってくると、爺さんが物貰いの汚い着物を着た人と縁で話しをしている

ある時は、物もらいの人が弁当を食べている。お茶を出しているときもあった


「あの人は汚いなりをしているが、方々を歩いていろんな事を知っている。

為になる話しを聞けるからこの地域にきた時には、家で休んだらいいと言ってある。」

と爺さんは言うたそうです。


私からは曾爺さんにあたり聴いた話でしかありません

盆や正月に帰省した折はそんな一端が伺える光景をいくつも見てきた

主がおらんのに夕刻には中ではにぎやかな声が聞こえてくる

私には不思議でしたがそれが当たり前

家屋が土間でオクドさんまで靴を履いたまんまはいっていけたから


「家に門を付けないのは確かに用心は悪いが、方々を見たら

大きな門構えの家は相当なお金持ちだが門を作った時が絶頂期で

囲いをして出ないように守る。そうなると

人も、情報も入らなくなる。

多くの人が出入りしている家は、いずれ繁盛する。」

良いことは人が運んでくれる。

これがお爺さんの持論やったと、

そういえば、オヤジの実家のほうもそうや。


高級住宅街をぬけるたび、真新しい高層マンションをみるたび

家の前で立ち話の光景のない「マチ」は

私は息苦しい


京都の街が私にはしっくりきていたのはこの辺かもしれんなぁ




寺町









by honmakaina360 | 2015-10-28 18:05 | 至福

風景 飯野山

◆ 「貴腐いちじく? ◆


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  ジャムにすると甘い?

  しかし、量が足りん


  
  
by honmakaina360 | 2015-01-23 11:54 | 道草

「飯野山」

by honmakaina360 | 2015-01-22 04:22 | 郷土史

調べる。「幢」

それは、御朱印の「真ん中になんと書いてある?」から始まった
京都祇園祭後祭大船鉾の「神功皇后」の事。

詳しく?前エントリーを。
神功皇后が三韓征伐へ向かう途中、出産された皇子を竹内宿禰がこの地の松のたもとにおいて
新羅に向かわれた・・・

さて、「高幢神社」の「幢」
部首は「りっしんべん」でなく「はば」へん。右は「わらべ」
あんちょこに「ぬの」と「わらべ」で「おしめ・・・」かと一瞬おもったりもしましたが
娘の本棚にある漢和辞典をちょいとひっぱりだして調べてみると、、、、

 ① はた。はたぼこ。軍の指揮にもちいる旗。かざし
 ② ほろ。皇后の車の屋根に下げるかざりの垂れ衣。

 そして、童は「つりがね」の意につうじ、布を釣鐘のような形に作った旗を意味するのだそうです。

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 ちと、面白くなってきました。

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 この船尾に近いところに立てられている旗ぼこがそれなんでしょうか?

 この高幢神社にもこの凱旋時に「旗」を神功皇后から賜ったらしいですがそれは今はない。

 丸亀港から少し西に行ったところの海上に「津島神社」があります。

 海岸べりにある小さな神社でありますが橋を渡らなくば行けない神社。
 こちらも子供の成長を願う神さんでありますが、この皇后さんの皇子の話を史実とラップさせるならば
 この神社であるほうが筋が通るような気もしたりします。

 このうちを向く狛犬を見てしまいますと

 
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 やっぱり、高幢さん。ということで、
 また、機会あらば深耕したい郷土史であります。

 写真を撮るだけですけどね。

 しかしなぁ、辞典。綺麗過ぎるで

 わしの頃もそうでしたありましたが、、、
by honmakaina360 | 2014-08-10 19:58 | 郷土史
風光明媚な名勝地でなく
クルマ後ろ席でふと口からこぼれた
「寄ってみますか・・・」
でハンドルを右に切って駐車場もない
路側が少し広いところで他所さん軒先にちょいと御邪魔させてもらって
向かった先は・・・

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上司の奥さんがポーズをとって写真におさまるでなく
ハンドバックから取り出したカメラで写真を撮り出した。
一枚でなく「パチパチ」と。
これは嬉しかったですわ。ほんとにぃ。

この太助灯篭からは

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これから向う金毘羅さんを懐にいだく象頭山もビル間に見えます。
もちろん、飯野山も先っちょがすこし

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正面に丸亀城も昔の藤田書店のカンバンの横に

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ここが、金毘羅詣での起点です。


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                        広重さんが描いた讃岐丸亀湊です。以前にもアップしましたが、、、
by honmakaina360 | 2014-06-19 22:57 | 観光

道草、binbo-旅行大好き、いやそれしか出来ません。気がむかば輪行袋にベロチャリほりこんであちらコチラに神出鬼没?! 


by おら・U-タン