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カテゴリ:郷土史( 17 )

山車小さな展示会

■■ 太閤さん出世絵巻の図 ■■

  期間 平成28年10月8、9日
  場所 大阪 泉南市岡田浦 南海本線岡田浦駅界隈

  入場料は無料ですが、一声かけて、お花があれば更によろし?



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        さて、会場はこちら。駅から徒歩5分で到着。


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         信長公と出会ったとされる岡崎矢作川の場面

         上段は七本槍の加藤清正?

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         そして、こちらは浅井長政との戦いで三姉妹の救出の場。

         リアル、NHKの大河を見ているようです。

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         これは、本能寺の変をきいての中国大返しの場


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       光秀さんの桔梗の紋も見えます。

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        山崎の合戦?


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         見送りは「醍醐の花見」

         いかがでしょう。

         なかなかのもんかと思います。

         聞きかじりで知る大阪泉南岸和田のだんじりは「走る」。うまく辻を回れるかしかしりませんでしたが

         地域の粋を感じます。いまさらながら。

         この彫り物ひとつにしてもすばらしい。

         堺の刃物があるがゆえに出来たものかと

         この彫師は現役の方だそうです。

         最後におまけ。

         岸和田のだんじりは「四輪」ですがここのは

         「二輪」。そしてブレーキがついているのです。

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         車輪は京都の鉾のように大車輪ではありません。

         20インチのベロチャリのタイヤのようでもありますが「リム」がついている。

         タイヤは固め。

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         これがブレーキ


         いかがでしたか。

         箱に置かれていまうとガラスケースの中に陳列されてしまい

         硬くなってしまいますが、風や体温を感じながら観れるなんてなぁ

         ほんまに嬉しいですわ。

         ありがとうございました。


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                           来年は疾走する雄姿を見たいと思います。







by honmakaina360 | 2016-10-10 22:52 | 郷土史
「ハチハン」


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■ 塩飽勤番所 ■


        ところで「ハチハン」・・・
        讃岐の方言であるらしいのですが私は知らない。
        「公然とやる」「天下御免でやれる」と言う意味らしい
        漢字で書くと「八判」?
        本 遠慮すべきとを平然とやること。また、これを非難した言葉でもあり、裏にはされても仕方がないなぁ~と
        言うニュアンスもあるらしい。
        「あいつはわしのパソコンをハチハンで使いやがる。」
        そんな風に憤慨した気持ちを表すときに使う

        ほんでその由来はといいますと
        江戸時代の中頃
        塩飽の島民と高松藩との間で漁場争いがあり、江戸表 幕府評定所で境界を取り決める裁判があった
        今で言う最高裁の判決。判事は11人。その中に大岡越前守忠相もおった。

        その判決は・・・
       「双方の申し条一々なれど、古来からの申し伝えばかりで取り扱いがたく・・・・云々」

        と一間四方の大絵図面を作り、争点となった魚場を東西に二分する線を墨で引き
        その線上に評定衆11人のうちの八人が「判」を押した。
        なぜ3人は押さなかったかったか、反対ではなく裁判用務員であったがゆえ省かれた。

        この判決で長きにわたって「塩飽」と「高松藩」との漁場争いは一応解決したのですと。

        高松藩は徳川御三家には名をつらねておりませんが、これがもし「四天王」と呼ばれていたなら入閣していた。
        塩飽は幕府御用船のお墨付きはもらっていましたが、格式では月とすっぽん。評定には心配の念があったのも事実だろうとおもわれます。

        さすが大岡さん!名奉行はほんまやったんですね。

        一件落着。



                      ※ このときの「裁許書」、実地の「絵図」もここで観ることができます。






by honmakaina360 | 2016-03-25 04:41 | 郷土史
讃岐本島は周囲15kmほどの小さな?島ですが名前はその昔、全国に響いたところ。

人も多く暮らしておったと伺いしれます。

終戦ごろにはここに4000の人の暮らしがあったそうです。

今は500にも足りません。

人が暮らすには食、それ以上に水があるということが大前提ですが

この島にちょっと自転車を転がすに井戸がそこここに見えるのです。

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この井戸、海岸淵まで近いのですが、

塩分はないので飲用されていた

今は四国本土から送水管で水道水が送られておるんでしょうか

ご覧のように水神さんもある。

瀬戸内は雨が少ないというがこの本島

山も豊かなのでしょう

水に塩分が無くば農作物も育てることができますし。


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ここの神社「大山社」の鳥居

普通の鳥居の形。お隣の木烏神社のそれとは対象的です。

人口500人の島にこのようなどっしりとした神社がどれだけある。


繁華の昔が偲ばれますわ。








by honmakaina360 | 2016-03-24 18:45 | 郷土史
丸亀 京極藩に伝わる「名刀」なのだそうです。  

 先日帰省したおり久しぶりに丸亀城内にある資料館に行ってきたのです。

 が、しかし何やらいつもと空気が違う。

 暇なおっさんと歴女と呼ばれる類の人だけの館内に

 モスキートーンが響いておるです。

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原因はこの「刀」。これが 名刀「ニッカリ青江」

なのだそうです。この前に黒山までとはいきませんがこの地方資料館、

入場無料展覧会にしては相当数の入場者たかりでありました。

地元のガイドボランティアの爺さんの弁にも熱が入っています。

最後には協会にも入れと言い出す始末。

おいおいという光景ではありましたが

テーマパークでもないここに

なんで?と思わされました。

原因は、、、

オンラインゲームの「刀剣乱舞」通称は「とうらぶ」


刀剣をカレに見立て強化して犯罪者達を倒していく?ゲームらしい。

その刀の中に「ニッカリ青江」が加えられておるだ。

前丸亀市長が○千万で買い戻し当時はこんな道楽な買物をしてからにぃ~と

物議をかもした一物です。

おっさんには嬉しいのか悲しいのかようわかりませんが

「丸亀」に若者を呼び寄せておるのは紛れもない事実のようです。


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    知っておったらこんな写真の撮り方はしていなかった。



■■ 「にっかり青江」 とは ■■

備中青江派の刀工・青江貞次の作とされるもので、元は2尺5寸(約75cm)の太刀だったが、2尺(約60cm)の刀、さらに1尺9寸9分にまで磨りあげられた。

名称の由来は、にっかり笑う女の幽霊を切り捨てて、翌朝確認をしたら石塔が真っ二つになっていたという伝説による。斬ったとされる武士は、中島修理太夫・九理太夫兄弟、浅野長政の家臣、六角義賢に仕えた狛丹後守の3説がある。この武士から柴田勝家に所有が移り、子の柴田勝敏に譲られた。さらに勝敏を討った丹羽長秀から豊臣秀吉に献上され、子の豊臣秀頼から京極高次に与えられた


                                   - 説明は ウィキペディアから - 




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by honmakaina360 | 2015-11-11 19:19 | 郷土史

【備忘録】 金比羅街道

by honmakaina360 | 2015-11-01 11:11 | 郷土史
京都 向町歴史資料館を見ることができた

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長岡京

奈良平城京から平安京に遷都する間の784年から794年まで都となったところですが

中学校の教科書には一行程度しか登場しなかったところですが規模は平安京よりも広いらしい

以前どこかでこの遺跡からは讃岐(香川)から貢物があったのをみたことがありましたが

この説明図をみると納得ですわ。越前福井からのもみえます。

また、この貢物の動いた「道」が面白い。

四国内を走る高速道路の「高知道」などこれに合致しておるようにも見える

鳴門から本土に渡る淡路では「福良」、「湊」たぶん、(写真では少し解りつらいですが)

ここから陸路三原平野をいって今で言う「洲本」、「由良」を経て紀淡海峡を渡り和歌山へ、明石海峡でありませんで

今の物流動脈は東海道ですが、この当時はは中山道のようにも見えます。

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道具は楽し。

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  出土品は大切なものかもしれんが、

  ガラス越しに見せるでなく「触わってもいい」展示をしてもろたらと思う

  子供が脚を運ばない施設、興味を持たないなぞこれこそ持ち腐れ

  壊れたら修理すればええでないか。

  触れないモノを後世に残して何になる。  


  
by honmakaina360 | 2015-02-17 20:25 | 郷土史

「飯野山」

by honmakaina360 | 2015-01-22 04:22 | 郷土史

調べる。「幢」

それは、御朱印の「真ん中になんと書いてある?」から始まった
京都祇園祭後祭大船鉾の「神功皇后」の事。

詳しく?前エントリーを。
神功皇后が三韓征伐へ向かう途中、出産された皇子を竹内宿禰がこの地の松のたもとにおいて
新羅に向かわれた・・・

さて、「高幢神社」の「幢」
部首は「りっしんべん」でなく「はば」へん。右は「わらべ」
あんちょこに「ぬの」と「わらべ」で「おしめ・・・」かと一瞬おもったりもしましたが
娘の本棚にある漢和辞典をちょいとひっぱりだして調べてみると、、、、

 ① はた。はたぼこ。軍の指揮にもちいる旗。かざし
 ② ほろ。皇后の車の屋根に下げるかざりの垂れ衣。

 そして、童は「つりがね」の意につうじ、布を釣鐘のような形に作った旗を意味するのだそうです。

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 ちと、面白くなってきました。

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 この船尾に近いところに立てられている旗ぼこがそれなんでしょうか?

 この高幢神社にもこの凱旋時に「旗」を神功皇后から賜ったらしいですがそれは今はない。

 丸亀港から少し西に行ったところの海上に「津島神社」があります。

 海岸べりにある小さな神社でありますが橋を渡らなくば行けない神社。
 こちらも子供の成長を願う神さんでありますが、この皇后さんの皇子の話を史実とラップさせるならば
 この神社であるほうが筋が通るような気もしたりします。

 このうちを向く狛犬を見てしまいますと

 
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 やっぱり、高幢さん。ということで、
 また、機会あらば深耕したい郷土史であります。

 写真を撮るだけですけどね。

 しかしなぁ、辞典。綺麗過ぎるで

 わしの頃もそうでしたありましたが、、、
by honmakaina360 | 2014-08-10 19:58 | 郷土史
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これは、、、
今年150年振りに京都祇園祭 山鉾巡行に復活した「大船鉾」の御朱印
本当は「粽」が欲しかったのでありますが、
超人気で買えず。しかもこれも「複製品」。今、原本は東北にある。

さて、この書のまんなかの文言、、「神功皇后」

なにげに、ふう~んと読み飛ばしておりましたが。
ここからが大切!丸亀、いや私の実家の近くに鎮座する「高憧神社」とえらく関係がある!?
わんさんのところには「お不動さん」がありますが、こちらは「神社」。

またまた、さて、この「神功皇后」。どんなお方か。
日本書記、古事記にも出てくる。古代日本のジャンヌダルクか?
お子様「皇子」を身ごもったまま戦場に向かい勝って凱旋した。
何処と戦ったかというと、昔の朝鮮、新羅。こんなことを書いてしまうと今の日朝関係が更に悪くなってしまう?
私がこんなことを書いたところで影響はないとして。
この出兵途中、塩飽諸島のある瀬戸内を航行中に産気ついてこの地で出産。子供この地にあずけ
新羅に赴いて戦果をあげ凱旋。途中皇子をつれて京に戻った、、、
これこそ、ほんまかいな?である。なんで高憧神社なん?
塩飽の島のがよほど信憑性があるではないか。面白いですが

こんなことを話しておると、お袋が孫の安産のお守りはここのやでぇと。
また、安産祈願の「石」もカミさんに渡したとか。生まれたあとは一個ふやして2個また石を返したとか言うとりますわ。

以前のエントリーでここ「高憧神社」の狛犬は外を向いておるのでなく「内」を向いておる。
こじつけのようですが、この皇子を守るために内に向いておると考えると納得がいく?!

ざっと、グッグってみますと凱旋途中に九州筑紫の宇美で出産されたともありますが、
身ごもったまま戦うなぞ、これまたほんまかいな

この話は、郷土史家の話なのですが、私は信じます。

こじつけ大好き、思い込みの激しいU-タンでありました。

それにしてもな、諸説あるとしても

京都 祇園祭と丸亀が関係あるとはなぁ。

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by honmakaina360 | 2014-08-04 00:21 | 郷土史

丸亀城。

   
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     この二日の間で嬉しかった事。
     香川 高松の沖に浮かぶ小さな島「男木島(おぎじま)」
     休校になっていた小学校、中学校が再開された。
     新しく家族が移り住みはじめたという事
     瀬戸内国際芸術祭の副産物?
     いえ、これが主眼であるとおもいます。
     ニュースの中でのインタビューで子供達は友達が少なく寂しいともらしていましたが
     こんな家族が1つ、また1つと増えてくれればいいと思う。
     子供達の元気な声が一つ聞こえるだけで街は明るくなります。

     しかし、高松に近い女木島でなく遠い男木島なんだろうか。
     

   
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by honmakaina360 | 2014-04-08 00:19 | 郷土史

道草、binbo-旅行大好き、いやそれしか出来ません。気がむかば輪行袋にベロチャリほりこんであちらコチラに神出鬼没?! 


by おら・U-タン